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東京地方裁判所 昭和58年(行ウ)81号 判決

原告

長田章

外二五名

右原告ら訴訟代理人弁護士

佐藤義彌

駿河哲男

竹沢哲夫

小池貞夫

被告

右代表者法務大臣

林田悠紀夫

右被告指定代理人

飯村敏明

外六名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し、それぞれ別紙債権目録中の「債権額」欄記載の各金員及びこれに対する昭和五八年四月二六日から各完済に至るまで、それぞれ年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文と同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らの身分

原告らは、少なくとも昭和五六年一二月二日から昭和五七年一二月一日まで農林水産省林野庁(以下「林野庁」という。)に勤務し、国有林野事業(国有林野事業特別会計において事務を取り扱う治山事業を含む。)に従事していた職員であり、かつ、林野庁に勤務する定員内職員、常勤作業員及び基幹作業職員(以下、三者を一括して単に「職員」という。)をもって組織する全林野労働組合(以下「全林野」という。)の組合員であった。

2  夏期及び年末手当に関する協約

(一) 夏期手当について

全林野と林野庁長官(以下、林野庁長官が権限を委任した職員も含めて「林野庁当局」という。)とは、昭和五七年六月五日に、職員に対する昭和五七年度夏期手当について、同月一日に在職する職員に対し、同日現在当該職員が受けるべき俸給等の月額(定員内職員及び常勤作業員については俸給及び扶養手当の各月額並びにこれらに対する調整手当の月額の合計額、基幹作業職員については基本給及び扶養手当の各月額及びこれらに対する調整手当の月額並びに暫定手当の月額の合計額、以下「基準内給与・賃金」という。)に、昭和五六年一二月二日から昭和五七年六月一日まで引き続き在職する職員については、一〇〇分の一九〇を乗じて得た金額を同年六月一五日以降準備整い次第支給する旨の協約(以下「本件夏期手当の支給に関する協約」という。)を締結し、原告らは、夏期手当として同年六月一五日に、なお特別昇給による差額追給分については同年九月二八日に、それぞれ別表「夏期手当内払額」欄記載の金員の支払いを受けた。

(二) 年末手当について

全林野と林野庁当局とは、昭和五七年一二月一三日に、職員に対する昭和五七年度年末手当について、同月一日に在職する職員に対し、同日現在当該職員が受けるべき基準内給与・賃金に、同年六月二日から同年一二月一日まで引き続き在職する職員については、一〇〇分の二四四を乗じて得た金額を同年一二月二一日以降準備整い次第支給する旨の協約(以下「本件年末手当の支給に関する協約」という。)を締結し、原告らは、年末手当として同年一二月二一日に別表「年末手当内払額」欄記載の金員の支払いを受けた。

3  基準内給与・賃金の確定

(一) 公共企業体等労働委員会(以下「公労委」という。)は、昭和五七年五月八日に、全林野と林野庁当局との間の同年度の賃金引上げに関する紛争について、定員内職員及び常勤作業員と基幹作業職員について基準内給与・賃金を引き上げるための一人当たりの原資の額を定めた仲裁裁定を提示した。全林野と林野庁当局とは、右の仲裁裁定に示された原資を、決められた職種、級、号に応じて配分していくための団体交渉を行った結果、昭和五七年一二月二〇日に、定員内職員及び常勤作業員と基幹作業職員につきいずれも職種、級、号に応じた具体的な新基準内給与・賃金についての各協約(定員内職員及び常勤作業員については昭和四五年の「月給制職員の基準内給与に関する協約」の、基幹作業職員については昭和五二年の「基幹作業職員の基準内賃金に関する協約」のいずれも一部を改正する協約、以下両者を併せて「本件一部改正協約」という。)を締結したが、右各協約には、いずれも附則1として「この協約は、締結の日から施行し、昭和五七年四月一日(以下「適用日」という。)から適用する。」との規定(以下「遡及規定」という。)、附則2として「この協約施行前に、改定前の協約の規定に基づいて支払われた適用日以降の給与は、改正後の協約の規定による給与の内払いとみなす。」(なお、「基幹作業職員の基準内賃金に関する協約の一部を改正する協約」においては、「給与」の代りに、「賃金」という用語が用いられている。)との規定(以下「内払規定」という。)が設けられている。

(二) しかして、本件一部改正協約によって、昭和五七年四月一日以降原告らが受ける基準内給与・賃金の額は別表「基準内給与・賃金」欄記載の金額となった。

4  本件差額追給の根拠

(一) 昭和四五年度以降昭和五六年度までの夏期及び年末手当の支給に関する各協約によると、夏期及び年末手当の額は支給基準日における基準内給与・賃金に定められた率を乗じて算出することとされており、さらに基準内給与・賃金の改正に関する協約が締結される際には、常に本件一部改正協約の附則1、2と同趣旨の附則が設けられ、その場合には、基準内給与・賃金が夏期及び年末手当の支給に関する協約の締結日以降に改定された場合でも例外なく改定された基準内給与・賃金を基にして各手当が算出され、既に支給された額との差額が追加支給されて来たものである。

そして、本件夏期及び年末手当の支給に関する各協約によっても、本件夏期及び年末手当の額は手当の支給に関する従前の協約と同様の方式による旨定められており、本件一部改正協約により基準内給与・賃金が改定され、かつ右協約には附則1、2の遡及規定及び内払規定が設けられているものであるから、右各手当も改定後の基準内給与・賃金を基にして算出されるべきものであり、その額は別表「夏期手当額」「年末手当額」記載の各金額となる。したがって、被告は右各金額と既に右各手当として支給した別表「夏期手当内払額」「年末手当内払額」との差額即ち別紙債権目録中の「債権額」を支給すべき義務がある。

(二)(1) なお、一般職の職員の給与額に関する法律(以下「給与法」という。)においては、俸給月額が法改正により改定され、それが遡及適用される場合には、格別の規定がなくとも遡及日以降は改定後の俸給月額によることになるから、遡及日以降の各種手当は当然改定後の俸給月額に基づいて算出され、既に支給された金額に追加支給すべき分が生じた場合にはこれが支給されることとなる。そして、もし各種手当等について、改定後の俸給月額を計算の基礎としない場合には、特にその旨の規定を設けなければならないことになっている(給与法の一部を改正する法律(昭和五六・一二・二四法九六号)附則一〇項参照)。しかるに、本件一部改正協約の遡及規定の文言は給与法の文言と同一であり、したがって給与法と同様の趣旨で設けられたものであるから、給与法と異なった解釈をすべきものではない。

(2) また、予算上も、基準内給与・賃金の改定がなされる場合に備えて、必ずそれに見合った夏期及び年末手当についての差額精算分が予算に組み入れられている。現に、昭和五七年度においても国有林野事業特別会計における原告ら国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法(以下「特例法」という。)の運用を受ける者の給与については、基準内給与・賃金の改定にかかる見込み分が算定計上されており、これを基礎に算出される基準外給与・賃金の差額追給分も積算され、国会の議決を得ている。このことは、基準内給与・賃金が改定された場合には、それに伴って夏期及び年末手当等の基準外給与・賃金も差額精算されるということが国有林野事業特別会計の予算の仕組みにおいても当然視されているということである。

(3) さらに、昭和五八年度の夏期及び年末手当の差額の追給がなされていないが、かかる取扱いをするため、昭和五八年度の一部改正協約の締結に際し、夏期及び年末手当の算定基礎となる給与月額は改定前の協約・協定の規定に基づく給与月額とする旨の合意がなされ、その旨の書面が作成されており、このことから明らかなとおり差額の追給をしない場合には労使双方でその旨の合意をすることが必要であるところ、本件一部改正協約にはそのような合意は存在しないから、被告は従来通り、既支給分と改定後の基準内給与・賃金を基礎として算出した夏期及び年末手当額との差額を追給すべき義務を有する。

5  よって、原告らは被告に対し、前記3記載の改定後の基準内給与・賃金に基づいて算出された夏期及び年末手当額と前記2(一)及び(二)記載の夏期及び年末手当の内払いとして支払われた金額との差額である別紙債権目録「債権額」欄記載の金員及びこれらに対する弁済期の後である昭和五八年四月二六日から各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、原告らが全林野の組合員であったことは不知、その余の事実は認める。

2  同2、3の各事実は認める。

3  同4(一)の事実中、昭和四五年度以降昭和五六年度までの夏期及び年末手当の支給に関する各協約によると、夏期及び年末手当の額は支給基準日における基準内給与・賃金に定められた率を乗じて算出することとされていること、基準内給与・賃金の改正に関する協約が締結される際には、常に本件一部改正協約の附則1、2と同趣旨の附則が設けられ、その場合には、基準内給与・賃金が夏期及び年末手当の支給に関する協約の締結日以降に改定された場合でも例外なく改定された基準内給与・賃金を基にして各手当が算出され、既に支給された額との差額が追加支給されて来たこと、本件夏期及び年末手当の支給に関する各協約には、本件夏期及び年末手当の額は手当の支給に関する従前の協約と同様の方式による旨定められていること、本件一部改正協約により基準内給与・賃金が改定され、かつ右協約には附則1、2の遡及規定及び内払規定が設けられていること、以上の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

同4(二)(1)の事実のうち、給与法に原告ら主張の規定が存在することは認めるが、その余は争う。

同4(二)(2)の事実のうち、昭和五七年度においても国有林野事業特別会計における原告ら特例法適用者の給与については、基準内給与・賃金の改定にかかる見込み分が算定計上されており、これを基礎に算出される基準外給与・賃金の差額追給分も積算され、国会の議決を得ていることは認めるが、その余は争う。

同4(二)(3)の事実のうち、昭和五八年度の夏期及び年末手当の差額の追給がなされていないこと、かかる取扱いをするため、昭和五八年度の一部改正協約の締結に際し、夏期及び年末手当の算定基礎となる給与月額は改定前の協約・協定の規定に基づく給与月額とする旨の合意がなされ、その旨の書面が作成されていること及び本件一部改正協約につき右のような書面が作成されていないことは認めるが、その余の事実は否認する。

三  被告の主張

1  原告らは、基準内給与・賃金が改定増額された場合には夏期及び年末手当につき当然に差額についての請求権が生じたと主張する。しかし、公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)の適用を受ける職員にかかる夏期及び年末手当について改定後の基準内給与・賃金を夏期及び年末手当の算出の基礎とするには、給与法の適用を受ける国家公務員の場合と異なり、その都度その旨の合意即ち改定後の基準内給与・賃金を右各手当の基礎とする旨の合意を必要とするところ、昭和五六年度まではおおむね公労委の仲裁裁定に関する配分交渉が妥結した際に協議のうえ、その都度一部改正協約の附則において「この協約施行前の協約の規定に基づいて支払われた適用日以降の給与(賃金)は、改正後の協約の規定による給与(賃金)の内払いとみなす。」との文言で合意がなされ、この合意に基づいて既支給分と改定後の基準内給与・賃金によって算出された夏期及び年末手当額との差額が支払われてきたものである。

2  しかし、昭和五七年度の夏期及び年末手当につき改定後の基準内給与・賃金を算定の基礎とする旨の合意は未だ成立しておらず、したがって原告ら主張の本件請求権は未だ発生していない。

即ち、昭和五七年度は国家財政が特に逼迫しており、公労委の仲裁裁定が同年五月に提示されたが、政府は、右裁定は公共企業体等の予算上又は資金上、可能とは断定できないとして、これを国会に付議した。さらに、同年九月には政府により「財政非常事態宣言」がなされ、一般職国家公務員についての人事院給与勧告を凍結する旨の閣議決定までなされる状況であったため、仲裁裁定の取扱いは難航したが、ようやく同年一二月一一日に与野党間で裁定完全実施の合意に達し、同月一八日に国会の議決を経た。しかし、右に述べたような人事院勧告の取扱い状況や国民世論の動向等を総合勘案した結果、林野庁当局は、仲裁裁定は完全実施するものの、同裁定は基準内給与に関するものであるから右裁定の効力の及ばない基準外の給与・賃金である夏期及び年末手当の追給は昭和五七年度については行わないことを決定した。

そこで、林野庁当局は右の事情を全林野に説明し同年一二月一一日に配分交渉を行うに当たって、改定後の基準内給与・賃金を夏期及び年末手当の基礎としないこととする旨の申入れをしたところ、全林野がこれを受け入れず、結局合意に達しなかったため、取り敢えず、基準内給与・賃金の改定のみを行い、右合意に達しなかった点については継続して協議することとし、これを確認するため、同月二〇日林野庁当局と全林野とは、その旨の専門委員会議事録抄を作成したものである。

したがって、昭和五七年度の夏期及び年末手当につき改定後の基準内給与・賃金を算定の基礎とする旨の合意は未だ成立しておらず、原告ら主張の本件請求権は発生していない。

なお、昭和五八年度の一部改正協約の締結に際し、夏期及び年末手当の算定基礎となる給与月額は改定前の協約・協定の規定に基づく給与月額とする旨の合意がなされ、その旨の書面が作成されているが、これは、原告らが右専門委員会議事録抄を無視し、事実に反する主張をしたため、なされたものである。

四  被告の主張に対する原告の反論

昭和五七年一二月二〇日に本件一部改正協約が締結されるのと同時に、専門委員会において、基準内給与・賃金の改定に伴い夏期及び年末手当につき差額追給をするか否かについては、諸般の事情により継続協議とする旨を確認した専門委員会議事録抄が作成されているが、これは、同月一三日になされた労使間の交渉において右追給の問題を継続協議にする旨の合意がなされたので、このような交渉経過があったことを事実として記録し確認したにすぎないものであって、右議事録抄は労使間の最終的合意を成文化した協約と同等の効力を持つものではない。しかも、林野庁当局は昭和五七年一二月二〇日に全林野との間に基準内給与・賃金の改定につき昭和四五年度以降と同様の内容の本件一部改正協約を締結したのであるから、差額追給の義務が協約上の義務として成立しており、右議事録抄の継続協議とは支払いの時期につき継続協議としたことを意味するにすぎないものである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実のうち、原告らが少なくとも昭和五六年一二月二日から昭和五七年一二月一日までいずれも林野庁に勤務し、国有林野事業に従事する職員であった事実は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によると、全林野は林野庁に勤務する職員によって組織され、原告らが昭和五六年一二月二日から昭和五七年一二月一日まで全林野の組合員であったことが認められる。

しかして、右事実によると、原告は公労法二条二項にいう職員であり、全林野は同法四条にいう労働組合であるから、全林野は同法八条所定の賃金等労働条件に関する事項につき、使用者たる林野庁当局と労働協約を締結する権能を有するものであり、全林野が林野庁当局と締結した労働協約のうち、労働条件その他労働者の待遇に関する部分は、国と原告らとの間の個々の労働契約を直接規律することになる。

二そこで、林野庁当局と全林野との間において締結された本件夏期及び年末手当に関する各協約並びに本件一部改正協約によって、原告らが主張するように、本件夏期及び年末手当につき被告に差額を追給する義務が生じたか否かについて検討する。

1  林野庁当局と全林野とは、昭和五七年六月五日に職員に対する昭和五七年度夏期手当につき、同月一日に在職する職員に対し、同日現在において職員が受けるべき基準内給与・賃金に、昭和五六年一二月二日から昭和五七年六月一日まで引き続き在職する職員については、一〇〇分の一九〇を乗じて得た金額を支給する旨の協約を、また同年一二月一三日には職員に対する同年度年末手当につき、同月一日に在職する職員に対し、同日現在において職員が受けるべき基準内給与・賃金に、同年六月二日から同年一二月一日まで引き続き在職する職員については、一〇〇分の二四四を乗じて得た金額を支給する旨の協約を、それぞれ締結し、原告らは、右各協約に基づいて別表「夏期手当内払額」欄及び「年末手当内払額」欄記載の各金員の支払いを受けたこと、さらに林野庁当局と全林野とは、同年一二月二〇日に、職員につきいずれも職種、級、号に応じた具体的な新基準内給与・賃金についての本件一部改正協約を締結し、右各協約の附則1には「この協約は、締結の日から施行し、昭和五七年四月一日(以下「適用日」という。)から適用する。」と、附則2には「この協約施行前に、改正前の協約の規定に基づいて支払われた適用日以降の給与は、改正後の協約の規定による給与の内払いとみなす。」(なお、「基幹作業職員の基準内賃金に関する協約の一部を改正する協約」においては、「給与」の代わりに「賃金」という用語が用いられている。)とそれぞれ規定されていること、林野庁当局と全林野との間においては、昭和四五年度以降昭和五六年度に至るまで遡及規定及び内払規定につきほぼ本件一部改正協約附則1、2と同趣旨の協約が締結されており、しかも、右各年度においては、右協約に基づきいずれも改定後の基準内給与・賃金を基礎として夏期手当及び年末手当が算定し直され、追加支給されていること、給与法においては、俸給月額が法改正により改定され、それが遡及適用される場合には、格別の規定がなくとも遡及日以降は改定後の俸給月額によることになるから、遡及日以降の各種手当は当然改定後の俸給月額に基づいて算出され、既に支給された金額に追加支給すべき分が生じた場合にはこれが支給され、もし各種手当等について、改定後の俸給月額を計算の基礎としない場合には、特にその旨の規定を設けなければならないことになっていること、昭和五七年度においても国有林野事業特別会計における原告ら特例法適用者の給与については、基準内給与・賃金の改定にかかる見込み分が算定計上されており、これを基礎に算出される基準外給与・賃金の差額追給分も積算され、国会の議決を得ていること、なお、昭和五八年度の夏期及び年末手当の差額の追給はなされていないが、かかる取扱いをするため、昭和五八年度の一部改正協約の締結に際しては、夏期及び年末手当の算定基礎となる給与月額は改定前の協約・協定の規定に基づく給与月額とする旨の合意がなされ、その旨の書面が作成されていること及び本件一部改正協約については右のような書面が作成されていないこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

しかして、右当事者間に争いのない各事実即ち本件一部改正協約に原告ら主張にかかる遡及規定及び内払規定が存する事実、昭和四五年度以降昭和五六年度まで右協約と同趣旨の協約に基づきいずれも改定後の基準内給与・賃金を基礎として夏期及び年末手当が算定し直され差額が追加支給されている事実、給与法は原告ら主張の形式で規定、運用され、改正後の俸給月額を手当算定の基礎としない場合にはその旨の規定を設けている事実、また昭和五七年度の国有林野事業特別会計において、原告ら主張の予算措置が講じられている事実、夏期及び年末手当につき追加支給されなかった昭和五八年度については、一部改正協約締結に際し、改定前の基準内給与・賃金を夏期及び年末手当の算定基礎とする旨の書面が作成されている事実に鑑みると、本件においても改定後の基準内給与・賃金を基礎として夏期手当及び年末手当を算定し直し、既支給分との差額を追加支給するのが相当であると考えられなくはない。

2  しかしながら、原告らは公労法の適用を受ける職員であり、公労法八条によれば、賃金等労働条件に関する事項は、全林野と林野庁当局との間の団体交渉とこれに基づく労働協約によって決定されるべきものであるから、本件のごとく、基準内給与・賃金が夏期及び年末手当の支給に関する協約の締結日以降に改定された場合において、改定後の基準内給与・賃金を夏期及び年末手当の算出の基礎とするには、その都度その旨の合意即ち改定後の基準内給与・賃金を右各手当の基礎とする旨の合意を必要とするものであるといわなければならない。

なお、給与法は原告ら主張の形式で規定、運用されていること及び昭和五七年度の国有林野事業特別会計に原告ら主張の予算措置がなされていることは前記のとおりであるが、そもそも給与法は、給与額の決定につき当事者能力のない一般職の国家公務員に関する規定であるから、給与法の規定が原告ら主張の形式により制定されており、本件一部改正協約に給与法と同趣旨の文言があることをもって、右判断を覆す根拠とすることはできず、また前記予算措置が講じられていることをもってしても右判断を覆すことはできない。

そこで、右合意の有無を検討するに、〈証拠〉によると、公労委は昭和五七年五月八日、林野庁当局と全林野に対し職員の基準内給与・賃金の引上げについてその仲裁裁定を提示したが、政府は当時の国家財政が逼迫していることを考慮し、右裁定は公共企業体等の予算上又は資金上、可能とは断定できないとして、公労法三五条、一六条に基づき、その取扱いについて国会の討議に委ねたこと、国会においても同年九月には政府が「財政非常事態宣言」を発表し、一般職の国家公務員についての人事院給与勧告を凍結する旨の閣議決定がなされる等の状況があって容易にその動向が決らず、仲裁裁定を実施することについての見通しがついて林野庁当局と全林野との間でいわゆる配分交渉に入ることができるようになったのが同年一二月一一日に至ってからであること、そこで、林野庁当局は同日、それまでの事前折衝として継続してきた交渉を公式の配分交渉に切り換えたが、その際全林野に対し、右認定にかかる諸般の情勢に鑑み本年度の夏期及び年末手当の算定基礎となる基準内給与・賃金についてはその改定は行わないこととし、その旨の申入れをしたこと、これに対し全林野執行部は、右の問題については容易に林野庁当局の譲歩を得られそうになく、年末手当については年内支給を前提とした解決が必要と判断し、全国代表者会議の了解を得たうえ改定後の基準内給与・賃金を夏期及び年末手当の算定基礎とする問題についてはさらに要求を続けていくこととし、結局林野庁当局と交渉の結果、同月一三日に夏期及び年末手当の算定基礎となる基準内給与・賃金を改定前のものとするか、改定後のものとするかについては継続協議とすることで合意に達し、同月二〇日に本件一部改正協約を締結するとともに右協約の締結に際し、右継続協議の合意を確認する趣旨で、林野庁当局側専門委員の職員課長と全林野側専門委員の書記長との間で林野庁当局と全林野間の団体交渉に関する協約第一六条に基づき、団体交渉の議事録に代る専門委員会議事録抄が作成されていること、なお、昭和五七年一二月二三日付け及び同月三〇日付けの全林野中央本部発行の全林野新聞において、公労委の仲裁裁定を夏期及び年末手当にはね返さないという当局の提案は継続協議にされたから闘いはこれからである旨の記事が掲載されていること、林野庁当局と全林野との協議は翌五八年二月一七日から同年三月二五日まで四回に亘り続けられたが、全林野が本件各協約により当然差額追給がなされるべきであると主張したのに対し、林野庁当局が追給することについての合意がいまだに成立していないとしてこれを肯んじないで終ったこと、以上の各事実が認められ、〈証拠〉中右認定に反する部分は措信できない。

しかして、右認定にかかる事実殊に全林野と林野庁当局との間において昭和五七年一二月二〇日に本件一部改正協約が締結された際、夏期及び年末手当の算定基礎となる基準内給与・賃金を改定前のものとするか改定後のものとするかについて継続協議とする旨の合意が成立し、その旨の専門委員会議事録抄が作成されている事実に徴すると、右協約に前年度までと同趣旨の附則が存したことをもって、昭和五七年度の夏期及び年末手当の算定の基礎となる基準内給与・賃金を改定後のものとする合意が成立していたとすることはできない。

なお、昭和五八年度の一部改正協約の締結に際し、右各手当の算定基礎となる給与月額は改定前の協約・協定の規定に基づく給与月額とする旨の合意がなされ、その旨の書面が作成されているのに対し、本件一部改正協約についてはかかる合意事項が書面に明記されていないことは前記のとおりであるが、証人石井三男の証言及び弁論の全趣旨によれば、昭和五八年度の一部改正協約締結に際し、右のような書面が作成された所以は、昭和五七年度の本件一部改正協約を締結する際に、差額追給については継続協議とする旨の合意が成立し、この合意の存在を明らかにするために専門委員会議事録抄を作成したにもかかわらず、原告らはその後右の継続協議の合意は支払いの時期に関してなされたものにすぎない旨主張し始め、労使間において紛争を生じたため、かかる事態を避ける目的でなされたものにすぎないことが明らかであるから、昭和五八年度の一部改正協約締結の際に右合意事項が前記書面に明記され、本件一部改正協約にはそのような記載がなく、また原告ら主張の書面が作成されていないことを理由として、当然に改定後の基準内給与・賃金が夏期及び年末手当の算定基礎となるとすることはできず、この点に関する原告らの主張もまた理由がない。

したがって、原告らの本訴請求は、その余の点を検討するまでもなくすべて理由がない。

三よって、原告らの請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官福井厚士 裁判官酒井正史 裁判官畔栁正義は転勤につき署名押印することができない。裁判長裁判官福井厚士)

別紙〈省略〉

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